マケラさん、それって反則ですよね?
楽団側の思惑
確かに、クラウス・マケラの実力は本物だとしても、「ちょっと早くはありませんか?」という感は拭えませんね。特にコンセルトヘボウは、最近ではベルリン・フィルやウィーン・フィルと並ぶ存在として、高い評価を得ているオーケストラです。優秀とはいえ、そこまで急いで若い指揮者を囲い込む必要があるのかと。
ただ、最近のクラシック音楽界の実情を見ていると、そうとも言えない事情があるようです。一例を挙げれば、以下の通りです。
- クラシック音楽ファンの年齢層が高くなっている。
- アラフォー世代で、次代を担えるほどの人材が不足している。
- 移民人口が増えているが、彼らはクラシック音楽にあまり興味を示さない。
つまりは楽団経営という面で見た場合、実力は当然として、さらに若者を含めて、広く潜在的なファン層に訴求できる存在が欲しかったのですね。その点で、マケラはオケ側の思惑にピッタリの存在だったというわけです。
マーラー:交響曲第1番《巨人》
クラウス・マケラ指揮
オスロ・フィルハーモニー管弦楽団(2020年8月19日)
「早熟の天才だった」と呼ばれるリスク
一人のクラシック音楽ファンとして言わせてもらうと、やっぱりマケラの決断は理解できないですね。本場ヨーロッパの、しかもトップ5に間違いなく入るコンセルトヘボウ管が手に入ったのに、なんでまたシカゴ響まで欲しくなるのか?
シーズンの開始時期も同じ、ヨーロッパとアメリカ。少なくともシカゴには、年14週間の滞在が義務付けられているとのこと。飛行機での移動時間だって、馬鹿になりません。本当に二つの重責を担って行けるのでしょうか。
特にアメリカのオーケストラの音楽監督は、町の顔であることが期待されますから、活動もリハーサルと演奏会だけというわけにはいきません。今は歓迎一色ですが、ウチは腰かけと思われたら、難しい立場に追いやられかねません。
ショスタコーヴィチ:交響曲第7番《レニングラード》
クラウス・マケラ指揮
フランクフルト放送交響楽団(2019年11月1日)
若いので体力面では大丈夫だとしても、今の時期は、むしろ一か所にじっくりと腰を据えて、レパートリーの充実などに取り組んだ方が、長い指揮者人生でより高い成功を収められるんじゃないのか。そんな気がして仕方ありません。
その意味で、マケラは芸術家としての成熟よりも、「二大陸で同時にメジャーオケを制覇した初めての指揮者」といった、自らの地位・名誉、あるいはブランドが欲しかったのではないか。そんな見方をする人も少なくありません。
「将来はコンセルトヘボウを選択するだろう」。そんな論評もよく見かけますが、はてさて、どうなるのか。本当に、二兎を追うことは可能なのでしょうか?
最後に
クラウス・マケラに興味のある方は、彼の音楽だけでなく、その転職活動にも注意してみられてはどうでしょうか? 第二のカラヤンとして、クラシック音楽界にその名を轟かすことになるのか。はたまた、「早熟の天才だった人」のリストに加えられることになってしまうのか。いずれにしても、興味深い存在であることは確かです。


